自分のこと

【20180803】公園でなたまめを投げてくるじじいの話

小学生の頃、よく遊ぶ公園に「みくじじい」と呼ばれる謎のじじいがいた。
見た目はガリガリ。服はボロボロ。

みんなが「みくじじい」と言っていたから、
なんで「みく」なのかは未だにわからない。

もっとも、今はもう聞きたくても聞けないのだけれど。

僕らが公園で鬼ごっこや野球をしていると
どこからともなく「みくじじい」がやってきて、
公園に生えているなたまめ?(おっきくてかたい枝豆みたいなやつ)をブンブン投げてきた。
しかも毎回。叫びながら。

まめといっても大きさや固さは完全にブーメランのそれと一緒で
当たりどころによってはノックアウト間違いなしだ。

怖いなんてもんじゃない。
もはや意味がわからなすぎて、
一周まわってみくじじいと会うのが少し楽しみに感じることさえあった。

僕たちはいつも恐怖と好奇心のなか逃げ回っていた。
そんな日々を過ごしていた。どんな日々だ。

いま思えば言えることだけど
常に刺激を求めていた田舎暮らしの僕たちにとっては
みくじじいの存在が、いつしかその公園に通う大きな理由になっていたのだと思う。

でも、
ふだん接している大人たちと比べると
みくじじいの存在は異端そのもので、
子どもながらに彼が「ふつうの世界」では
なじめないのがよくわかっていた。

そんな日が続いたある日。
突然だった。

風のうわさで
みくじじいが死んだことを知った。

孤独死、だったらしい。

毎日毎日とんでもなく迷惑だったし、
怖い思いもしたけれど
でもぼくは
なぜかとても悲しかった。

それからしばらく経ったある日。
ふと公園の前を通ったとき気がついた。

みくじじいが死んだとき、公園も一緒に死んでいた。

驚いた。

短期間で雑草は好き放題生え
ゴミもあちこにに落ちているようだった。

みくじじいは、とても不器用だったけど
でも公園を愛していた。

いつも一生懸命だった。
そういえば、公園に落ちているゴミを拾っていたことがあったっけ。

振り返る。
僕たちの遊び方はどうだったのかな。
きっと本能のまま遊び狂う僕たちに対して
近所のうるさいガキとしか捉えていない大人たちもいただろう。

みくじじいは、何を思っていたんだろう。

あの頃の気持ちを何とか言語化できないかと思ったんだけど
やっぱり僕の語彙力では足りない。
あのときの感情は、なんて言うのだろう。

みくじじいに会いたいような会いたくないような、
でもやっぱり一目会いたいような

そんな夏の夜。

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